6階の女>

その日は仕事が山ほどあって、終電まで残業し、

心身共に疲労困憊していました。

おまけにシトシトと雨まで降ってきて、

最悪な気分で疲れた身体を引きずってマンションに帰り着いた私は、

いつものようにエレベーターのボタンを押しました。

 

音もたてずに1階まで降りてきたエレベーターの小箱に乗り込み、

私の部屋がある5階のボタンを押して、

一刻も早く部屋に帰りたかった私は「閉じる」ボタンを押そうとしました。

 

と、その時人影のようなものが視界に入り、「閉じる」ボタンを

押そうとしていた私の指は寸でのところで静止しました。

 

こんな夜遅くに帰ってきた人が他にもいたか・・・

そう思い、「閉じる」ボタンから、今度は「開く」ボタンに指をずらして、

私は後からやってきた住人のためにエレベーターを開けて待っていました。

 

視界で捉えた人影は、瞬時に実体の人間となり、

私の隣に乗り込んできました。

見かけない女性でした。長い髪を垂らして、俯いていたので、

顔は良く見えませんでしたが、会社帰り、仕事帰り、と

いった雰囲気ではなかったのは確かでした。

年齢は、そうですね・・・まだ若かったです。20代後半か、30代前半か、

そのくらいだったと思います。特に所帯じみた雰囲気も無く、独り身なのかな、という印象でした。

 

お酒の臭いもしないし、荷物は持っていないし、

飲みに行って帰ってきたというわけではなさそうでしたし、

コンビニかどこかへ買い物へ行ってきたというわけでもなさそうでした。

 

なんとなく違和感というか、不自然さというか、

何か不快なものを感じて、私は一刻も早くこのエレベーターから降りたいと思いました。

エレベーターはぐんぐん上っていきます。

女性が押した階は私の部屋の1つ上の階である6階でした。

 

早く独りになって部屋の布団に倒れ込みたい、

そう思いながらも、なぜか私は乗り合わせた

その女性の重々しい視線を感じて息苦しさを覚えました。

なるべく女性の方は向かないようにしていたのですが、

見なくても分かる視線を感じたのです。

そして、私は気付いてしまいました。

女性が、異常に薄着だという事に。

最初からなんとなく覚えていた違和感の正体は、

彼女の格好だったのか、と合点がいきました。

すぐに気づかないぐらい疲弊していた私も私ですが、

その女性は晩秋とは思えない薄着でエレベーターに乗り込んできたのです。

まして雨が降り、より一層寒く感じられるような天気で、

しかも真夜中です。何も羽織らず何も持たず、

ふらふらとエレベーターに乗ってくるなんて何かがおかしい・・・そう感じました。

 

ヒヤリとするものを感じて、私はいよいよ気分が悪くなってきたのですが、

その時、エレベーターは5階に到着しました。

 

降りてから、女性の方を振り向く事すらせず部屋に直進しよう、

そう思っていたのですが、何を血迷ったのか、エレベーターの方を見てしまったのです。

 

エレベーターはもう扉が閉まって動き出していましたが、その方向は上ではなく下でした。

あの女性は確かに6階のボタンを押していたのに・・・

 

俺が振り向くまでの一瞬で6階まで上ってまた降りてくるなんて事、ありえない・・・

 

私はそう思って恐怖で凍り付きました。

 

後日、管理人さんと雑談している時に、

ふと思い出してエレベーターでの体験談を話すと、管理人さんの顔がサッと青ざめて、

その女性の外見についてしつこく訪ねてきました。

 

そして「あまり言いたくないんだけどね・・・」と言って教えてくれたのですが、

6階には1部屋事故物件の部屋があり、

そこで亡くなった人というのが28歳の女性だったそうです。

長い黒髪が印象的で、細身で、どこか薄幸そうな雰囲気だった、と管理人さんは言っていました。

まさに私があの晩出会った女性そのものだったので、納得したというよりも、

うすら寒いものを感じて、私は軽い気持ちで管理人さんに話してしまった事を後悔しました。

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